私の眺める世界 | 趣味による、趣味の為の、趣味のブログ

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Posted by 沙夢 on  | 

「カオスヘッドは雨、シュタインズゲートは曇り、ロボティクスノーツは晴れ」

先日の千代丸さんキャスで、「死にたい」とコメントなさっている方がいた。

それに対して、「俺も死にたくなる時あるよ...?」と返してあげていたのが非常に印象的だった。

私は幸いな事に、死にたいとリアルに考えた事はない。

これは多分、10歳の時に経験した、兄の突然死という強烈な出来事のお陰だと思う。

昨日までいつも通り「メシなにー?」なんてヘラヘラしていた彼が、次の日眠ったまま亡くなっていた(本当に眠ったままだったので、遺体を思わず揺り起こした程です)。

「連れて行かないで」と、兄の棺に縋り付いて泣く母を、一生忘れられない。


人はこうまで簡単に死ぬんだと。
子どもを亡くした親はこうなるんだと。


理屈じゃなく刻み付けられているので、まず死のうなんて考えにはならないんですよね。

心が健康でいられるってのも、大いに関係があるのかもしれないけれど。

まぁそんな事は、世の中にたくさんあって、特に珍しい話ではないのかもしれないが。


先日帰省時に、「結婚しなさい!」と、くどくど言われたので、

「生きてるだけでいいじゃんw」

なんて言ってみたら、怒られた←


というわけで、やっと千代丸さんの事を書こうと思います←どういうわけだ

某アフィブログ愛読者の方は、「マンセー乙w」と小バカにしたお顔を引き摺ったままお帰り下さい。











志倉千代丸さんの事を、初めて知ったのは津田さんの「925」の中の一曲「恋のリテラシーだっちゃ」を作詞作曲されていた事から。

この時まで何も知らなかったのですが、925の宣伝で地元にいらした津田さんが、ステージで志倉千代丸さんの名前を出したとき、会場からどよめきが起こった。

925の中で、このリテラシーだけが異質な気がしたので、志倉千代丸さんを少し調べてみる事に。

え?カオスヘッドも、シュタインズゲートもアニメをリアタイで観ていたじゃないか!

その頃、本当に純粋に(?)アニメをストーリーの良し悪しでしか判断していなかったので、声優さんや原作者の方に全くと言って良いほど興味が無かった。

なのでまぁ、凄い人(言い方な)なのは分かった。

次に当時観ていたフジテレビの、オデッサの階段。これに出演されると知り、これは観なければ!とこれもリアタイで視聴。その時のことは、ツイートしていたと思うけど、「ぽっちゃり好き」にやたら好感を持っていた←


それからだったか、東京遠征で早起きしなければならない朝に偶にツイキャスをなさっていたので、終始ロムって観ていた。

その時の印象をはっきり言ってしまえば、

「凄い家に住んでて、才能もあって、イケメンで、お金持ちで。なんでも持ってるんだ。。。
そっか、つまんない。」

だった。

私は昔から、なにかしら「闇」が無いと興味を持てないタチなので、然程惹かれず。

完璧に完成されたものって、それ以上になり得ないからつまらないんです。

本当にぶっちゃけていうと、この頃ツイッターでかなり尖った発言なさってたので、それもあまり見たくなくて、一回リムっちゃったほどです。ごめんなさい。ごめんなさい←


で、一昨年の秋頃だったかな、何を思ったか久しぶりにツイキャスを観て、なんとなく初めてコメントしてみたら、それを拾ってくださった(思えばこれが初見優遇制度だったのか)。

初めて拾って下さったのは、「タイマー止めないんですね(ペヤングを作ってた時にタイマー鳴りっぱなし)」だったかな。

しかも、この時は私の事を「サムちゃん」と呼んで下さっていた。


それからちょくちょくツイキャスを覗くようになって、今までの千代丸さんの印象がガラリと変わりました。


完璧なんです。
でもどこか、危うさを孕んだ完璧さ。


ブリューゲルの絵のように、繊細で緻密で美しく整えられた画面の細部をふと見ると、そこに秘められた危うさにハッとする感覚。

そんなものを、千代丸さんのキャスに見つけてしまって、それからどんどんその魅力にハマりました。

キャスの画面の向こうにいる千代丸さんは、なんていうか人間味溢れるんですよね。

「ご機嫌だな」って日は、それこそ仏様のような神対応なのに、「今日調子悪いのかな?」って日は、「なんで?だってこうでしょ?いやー、それは違うと思うよ」なんて仰る。

どちらかというと、荒れておられる日の方が面白いなぁなんて思うわたしです。

何故なら、それこそ人間味溢れる本来の千
代丸さんのような気がするから。

不調だなと感じる日に、敢えてキャスの配信ボタンを押してリスナーの相手をなさるのは、寂しがり屋さんなのかな?とも 笑


千代丸さんの色は、単純じゃない。

描かれた時の心境によって様々に表情を変える、ゴッホの「黄色」のような複雑さ。

でも全てに共通するのは、いつ何時も人を楽しませようとなさるその姿勢。

千代丸さんは、ファンやユーザーをとても愛していらっしゃるんです。

某アフィブログさんなんかには、散々好き勝手に書かれてますけどね 苦笑


「どんなに攻撃的な人でも、分かり合える時がある。そうなれたら、素晴らしい」


この言葉、わたしには逆立ちしたって真似できない。

少し尖った物言いになるのも、全ては分かり合えると思われるからこそ、なのかも(最初からシャットアウトなら、そもそも返信する必要が無いから)。

これは多分、私が所謂「マンセー」だからそう思うわけじゃないと思います 笑


昔、富士丸さんのキャスを観ていた時にコメントしていらした言葉がとても印象的で


「カオスヘッドは雨、シュタインズゲートは曇り、ロボティクスノーツは晴れ」


では、カオスチャイルドは?オカルティックナインは?アノニマスコードは?

チヨスタ作品もその他も、これからその膨大な作品を知っていくのが楽しみです。

先日のTGSで、アノコを試遊しましたが、ええ、PS4の購入を決めましたよね←

去年の3月に、チヨスタ発表会を観て以来、楽しみで仕方がない作品。

チヨスタ発表会のアノコの部分は、何度リピートしたか分からない。

あれはもう、完全なるチヨマルワールドなので 笑

独特のテンポと間の取り方で、まことしやかに囁かれている陰謀論なんかを、まるで本当の事のように仰るので、聞き終えた頃にはアノニマスコードの世界にいました。

あ、後UNIXタイム暴走のくだりの、「Windowsでは出来た〜w」勢への牽制とか、ほんともうね 笑

作品全体に漂う、重苦しい空気。陰謀。膨大な情報量。

期待しないわけには、いかないよね。





そんな千代丸さんご本人に、先日お逢いする機会がありまして。

千代丸さん「サムって...なんでもっと可愛い名前にしなかったの?」

私「高校の時のアダ名です...」

千代丸さん「いじめられてたんだねぇ」



...いいけど、うん。。。

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Category : さぶかるとか
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「引き出しから出すんじゃなくて、一から箪笥を作るんです。」

先日、仕事終わりに新宿をふらふらと徘徊していた時のこと。

横断歩道で信号待ちをしていた時、隣に居たカップルの会話

女「かっこいいかっこいいー!!なんでそんなかっこいいのぉー!!
芸能人よりかっこいいよぉ!!きゃああああ!!」

男「うるせぇ、黙れ 笑
俺、痩せようかなぁ。ダイエットしなきゃ」

女「やだぁ!!これ以上かっこよくなったら、女が寄ってくるぅ!!女が側にいない仕事してよぉ!!」


一体どうした。何事か。

今私の眼前で繰り広げられている非日常感。いや、彼らにとっては日常であるかもしれないが、非リアを拗らせ過ぎている私にとっては二人を照らすスポットライトが見えた。

下衆な野次馬根性に突き動かされた私は、二人を暫く追跡してみた。

彼氏に賞賛の言葉を雨霰と浴びせ掛けた彼女は、もう言葉のボキャブラリーが尽きたと見え、

「あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!!!
がっごい゛い゛い゛い゛ー!!!」

と天を仰いで、想いをぶちまける。

ブラーバ。まるで、無伴奏のアリアのようじゃないか。

素晴らしい。愛とは何かを問いかけられているようで、思わず彼女の胸元に万札ねじ込みたかった。


そんなこんなで、ますます非リアに磨きを掛けていこうと誓った私です←

約一年ぶりくらいのブログ。それでも、どうしてもこれだけは書いて置かねばと思う事を書きます。

「貴様のブログの存在価値は消えた」と思う方は、お隣のパートナー様を思う様褒めちぎってからお帰り下さい。

因みに今回の記事のタイトルは、今から語る方の一番印象深い一言。








『実録山田』 捺印・お渡し会 【激押し!行商列島24時!】
に参加してきました。

これ、全くのノーマークでした。

ぼんやりFBを見ていたら、山田さんの告知を偶然発見。
しかし、発見した日から整理券配布。完全に、出遅れている。

翌日、仕事終わり書店に立ち寄ってみたら、まだある!!
光の速さで予約。整理番号はなんと900番台。
一体何人に本を渡す気ですか...?狂気の沙汰だ←失礼

しかし上記の通り、900人以上に本を手渡すとすれば(実際は千人)、それこそ工場の流れ作業のようになるに違いない。

捺されるハンコとともに「がんばります、ありがとうございます」の定型文を貼り付けて本が手渡されるという光景が、金太郎飴の様に延々繰り返されるのだ。その場に居るのは、動きとセリフをインプットされたロボットかもしれない。なんて事を想像して、逆に気が楽になった。

今回は随分心に余裕がある。
それはそうだ、何せ居るのはロボなのだ。私はそのロボから、本を受け取れば良いだけなのだと本気で考える程、どこか現実味がなかった。

天下の山田孝之さんが、私と会話をなさる事などあり得ないのだ。


この様な失礼極まりない状態で挑んだ為、当日もふらふらと現場に行き、1時間押した集合時間に整列。

周りの方たちは、「どうする!?なんて言おうか。あーもう、緊張するー!!」というような会話をされていたように思う。

中に居るのは、ロボだよ。なんて、余裕で意気揚々と、自分の番を待つ。

並んでいる途中、衝立の中から嬌声があがるのをぼんやり聴く。

そして、衝立の中へ。


ロボじゃない...!!!←


紛れもない、山田孝之感。なまだ。いや、やまだ?←パニック

本物である。

私がダラダラと脂汗を垂れ流していた頃、二つ前の方が、好きなカレーの具を訊いていらした。

彼女の声が小さくて、聴き取れなかったのであろう、山田さんが彼女に近づいて耳を傾けている。

一つ前の方は、緊張のあまり何も言えず、大人しく本を受け取っていた。


工場の金太郎飴じゃない...!!


凄くしっかりと言葉を交わしていらした。
それを見た瞬間、私の頭はフル回転。
何を言おうか、漠然と考えていた事を一度白紙に。

1分もなかったであろう時間で、考える考える。当時悔しくて、堪らなかった事を伝えよう。御本人に直接言える機会など無いと思っていた要望。


「こんにちは」と私の挨拶に、笑顔で返して下さる山田さん。

その瞬間、スタッフさんによって捺印するページを開けられた本が彼の目の前に。
ハンコを捺す位置を確認し、捺しながら私の目を見て下さる。

私、その眼光に怯み後ずさりながら

「フルモンティ観に行けなかったので、是非もう一度舞台演って下さい」。

ここで私の妄想だと、「機会があれば。ありがとうございました」
でfinする手はずになっていた。

実際は、
「あらー、雪の日ですか?もしや」
と、問いかけが返ってきた。

もうその時点で、私の脳みそはエラーですよね。

「はい...」

その頃地元に居て会社休め無くて、そもそも行ってない!行ってないんだ!

私の脳内の、竜宮レナが「ウソ
だ!!!!!!!」と叫んでいる!!

山田さんも、私の嘘を見抜かれたのか一瞬微妙な空気になった様に思うが、エラー過ぎてぼんやりとしか覚えていない。「次回機会があれば是非」と言われた気がするが、今思えばこれは脳内脚色かも。兎に角、その瞬間が頭から抜けている(でも、何かしら仰ってた!!)

私、本を受け取りながらそのまま更に後ずさり蚊の鳴くような声で「頑張って下さい...」。

違う!!これは「(1000人もお渡しお疲れ様です、後少しなので)頑張って下さい」の意味だった。

言葉が足りなさ過ぎる。

よりによって、一番言いたくない言葉を言ってしまった(役者さんに「頑張って」は上から目線だ)。

山田さん「ありがとうございます」と笑顔。

後ずさる私の目をずっと見て、笑顔を返してくださった。


何一つ本気度が伝わらなかったが、フルモンティに関しては、観たくて観たくてネットで1分やそこらのCMを拾い集めて少しでもその歌声や、舞台の様子が分からないかと血眼になっていた作品です。



山田孝之さんは、確かに存在していた。

丑嶋でも、芹沢でも、番上でも、木島でも、彼が演じた数々の人物の、その誰でもない全くの別人である「山田孝之」という人がそこには居た。

彼の作品はおろか、バラエティー番組に出演されているものを後日見てすら、あの瞬間の彼とは全く違って見えるのだ。つまりはやはり、あの出来事は現実味が無いのかも。夢だと言われれば「ですよねぇ~」と一笑に伏す。

山田さんのおねぇさま達が、実際の彼は亮司や朔太郎に近い性格だと仰っていた。

だとすれば、初対面の人間の目を真っ直ぐ見て、落ち着いたトーンでお話しなさる彼も、やはり「役」のうちだろうか。
山田孝之という、「役」を演じていたのかもしれない。


「カメレオン俳優」は、どんな色にも染まる事が出来る代わりに、自分の色を持たな
い。


綾野さんも、「彼は自分の環境に、人の念があるものを置かなかった」と言っていた。

その彼本来の「色」を取り戻したのが赤羽であり、この「実録 山田」なのかしら...?



「光を浴びる覚悟はできた」














因みに、最初に考えていた事は
「その夜の侍の木島が、吐き気がする程素晴らしかったです!背筋が凍りました!もしよろしければ、"バーベキューっ!バーベキューっ!"を生で是非!!」
でした。
どう考えても、失礼過ぎる気がするので言わなくて正解。

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サムは参ります!帝都、東京へ!!

取り敢えず、生活の基盤が固まりそうなので、書きます。

もうご存知の方もいらっしゃると思うけど、先々月から東京で暮らし始めました。

それを言うと「凄いね!」って言われることが多いのですが、凄くもなんともない 笑

昔から、外に出てる友人が羨ましくて妬ましくて←

でも、「県外に出たら野垂れ死ぬ」と思ってたので、ズルズル地元にいて。まず、仕事しながら家事してご飯作ってってとても考えられなかった。

それでも楽しかったんだよね、20代のころは。「このまま、地元で結婚してー。自分ちの土地に家建ててー。将来安泰!」と思っていた。

前職も、特に不満はなかったんだけど、きっかけといえば、やっぱりイベントに行き始めてからなのかな 笑

前職は、兎に角「絶対に休んじゃダメ!」な日が多い。基本的に、土曜は出勤。月初(これは、出来れば第1週まるまる)、21日、26日は、私一人でやってる私しかできない仕事をしていたので、入院するか、両親が亡くなるかじゃないと休めない。あと、営業が休んでないって理由で、基本的に毎週月曜日。さらに、集金日のゴトウ日(10、15、20、31)。。。

有給なんて、当然取れるわけなくて。土曜が休みじゃないから、3連休は祝日じゃない限り休めない。

下を見ればキリがないけれど、割と酷いもんです。

イベント行かないなら、それでも良かったけど、「え?また21日にやるの?土曜日だよ。いけないよ...」が多すぎたwww

まぁでも、仕方ないやって割り切ってたけど、去年妹が志望大学に受かるっていう、インポッシブルなミッションを成し遂げたときに、県外いいなってボソッと言った私に彼女が

「え?行けば?別に誰に止められてる訳でもないんだから」

今思えば、その一言だな。「だよねw別に脱藩で死罪とかじゃないんだしww」みたいな。

日常に溶け込みすぎて、そんな単純な事が分からなかった。

あとは、去年母がスペイン旅行するって言ってたので、私もいきたいー!!です。

それで、考えました。このまま、趣味を犠牲にしてまで仕事を続ける意味ってなんだ?→ないよねwwじゃあ、辞めて何処行こうかな♪→前から住みたかった大阪か、この際東京かどっちにしよ→まぁ、いいか「取り敢えず、退職します!」バーン

みたいな 笑

決断にあまり時間かからなかったし、終始フワッとした感じだったので、「そうなんです!頑張りました!」とか言えないwwww

ぶっちゃけなにも頑張ってないのでwww

よくネット上で、「何の目的もなく東京にいくなんて無謀です!どんな事があっても、ここで生きて成功するんだ!って意思がないと絶対に挫折して、地元に帰る事になるでしょう」なんて愚かしいアトバイスを見かけませんか?

あまり人に相談しない私には、こんな事をネットで相談すること自体疑問なんだけど。だって、回答者は自分を知らないのよ?

私見ですが、東京で暮らす為に絶対に必要不可欠なものは、「強い意思」でも、「努力、根性」でも、ましてや「綿密な計画」でもなく、

お金。

精神論なんて必要ありません。お金さえあれば、生活できる!!←身も蓋もない

これから、全てを捨てて何処かに移住しようという方がいらしたら、取り敢えずお金を貯めればオールオッケーってアドバイスします。逆に、これが無ければほぼ不可能だとも言える。

東京は、物価というより家賃が高いから。すぐに職にありつけていれば、まぁ大丈夫だけど、それでも初期費用は他のところにくらべてべらぼうに高いです。東京都でも23区外だと、安くて最新設備のマンションたくさんあるけど、都心まで1時間。どうせ住むなら、区民になりたいっしょ!←田舎モノの考え

まぁ、電車で圧縮されることを思えば、職場に近いに越したことはない。

仕事を辞めると決めてから、私は兎に角出費を抑える事に尽力(私はこの期間を潔斎と呼びます)。

何かは犠牲にしなきゃだからね 笑

これが永遠となれば苦しいけど、たかだか半年や一年ちょっとの我慢です。

苦にはならなかったかな。

今回、これを決めた時に、不思議だったのは、距離が近い人ほど手放しで応援してくれるんです。「大丈夫、何にも心配してない」って。5年振りくらいに突然連絡来た知人に近況話したら「え?今?wwやめとけば?www」みたいな反応でした 笑

そんなもんです。

その時の環境なんて、人それぞれで、どう転ぶかはやってみないとわからない。

もちろん、挫折して故郷に帰る時がくるかもしれないけど、それでもまぁいいかって←

まず母がこの考えですから、気が楽 笑

こんな事を書くと、全てがイベントの為!津田さんを見たい為!って風に聞こえるかもしれませんが、そんな事は全く無い。

というか、全てがそれであるなら、私は多分地元から出ていませんね 笑

それが無くなった時に全て崩れてしまうから。

前々から、やりたかった仕事がある。ってのがまぁ最大の理由でしょうか。

前の会社に入る前、その仕事を地元で探してたんだけど、なかなか求人がなくて、取り敢えず事務職の経験をつけなきゃって理由で、就職したんです。

取り敢えず、今はそっち関係の仕事に就けて、なんとか頑張ろうとしてます。

怠け者なので、のんびりやりますがね。

私は、今のところ東京に来て良かったと思っています。

前の会社を辞めるときに社長に、「どこに行っても同じだよ?」と言われたので「恐らくそうでしょうね 笑 でも、もしそうだとしても、\"どこに行っても同じだった\"って知る事ができるから、価値があるとは思います」と答えました。

実際、今もう慣れ始めているので、社長の仰った事は正しいんだけど 笑

それでも、後悔をしない私が唯一ずっと心残りだったことを出来たので、今本当に満足です。

一番恐れていた家事も、やってみると大して苦じゃない。実家にいたら、何にも出来ないやつになってた。

かといって、「お料理たのしーい!」とはならないけれど 笑

そんなこんなで、全くの無計画でなんとなく形になって来ています。

今は東京で楽しくやってますって報告でした。

わたしのたからもの

Category : けしきとか
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箱の中の猫は、饒舌に語る

人気生主様達が、続々とワッパをかけられている。


今回逮捕された主様も、お名前は存じているし、その前の方も一度くらいは放送を観たことがあるので(彼の逮捕芸は、もはや男塾名物といっても過言ではない)、その方たちがよからぬニュースに出て、ミヤネさんにフルボッコにされているような気分で、丼飯が進む進む。


なにより、その他のCAS主様方が逮捕ネタを餌にリスナーを釣るのに余念がないのが観ていてなんだか殺伐としているなぁ、と思います。


ツイキャス界で、友情などというものは、風の前の塵。こうはなりたくない。


というわけで、今回は津田さんの責任編集本のお話をちょこっとだけしようと思います。

「へー、なにそれ?」という方は、ドローンを回収してからお帰り下さい。









津田さんが、今度は雑誌を作られるようで。


その名も「EDGE」


最近やたら、エッジの効いたを連呼なさってたのは、こういう事だったのね。

先日のはてラジ(待ち草臥れて、もう次は無いと思ってたよ...)で、表紙がバーン!と公開されたわけですが、見た瞬間

「ん?これ、アインシュタイン...?」

てなりました。

チェックのジャケット、緩く締められたネクタイ、舌をペロッはどう見てもアインシュタイン。

アインシュタイン!?

津田さんから、アインシュタインが好きだというお話は、私の知る限り一度も聞いてなかったので、「さて、今度はなんの寓意だろうか...」とぐるぐる考えました。

先日友人に言われたのですが、私はこういうのを考えるのが好きです。

絵画なんかでもそうなんですが、パッと見て疑問が浮かぶと、それを掘り下げて考えるのが、楽しい。

正解か不正確かは分からないなりに、自分の中で納得のいく答えを見つけたい。

それが創り手にとって良いか悪いかは別にして、兎に角気になるタチなので、今回の表紙もお風呂の中で考えていたら、唐突に閃いた。

「ああ、なるほど!」って、お風呂で思わず叫んだ。

アインシュタインといえば、相対性理論。私の薄っぺらい知識から引っ張ってくると

「物体の速度が光速に近づけば近づくほど、時間の流れが遅くなる」

これは、特殊相対性理論の方だと、昔何かで読んだんだけど、今回そこは置いといて。

津田さんは以前から、「加速」という言葉を良く使っていらしたし、前回出版されたFLOWINGでは、「時間を留めておきたい」と仰っていました。つまり




「もっともっと加速して、枠を越えた先に、時間を留めておく術が見付かるんじゃないか」




そんな意味が込められた表紙ではないかと思いました。



これを思い付いた時に「ああ、津田さんの"色"だ」と思った。


毎度の事ながら、彼がどんな意味を込めて表紙をこれにしたかは、発売されたものを見るまで分からないわけだし、もしかしたら、アインシュタインですらないのかもしれない。


でも、ファンとしての一つの見解として、凄く納得のいく答えが見つかった。


津田さんは、どこまでもブレない。


その事が凄く安心だったので、記事にしてみました。


今回の雑誌は、私が去年お伝えした「津田さんの撮られた写真を見たい」という願望も、少しだけ叶っているので、それも含めてとても楽しみ。

Category : つださんとか
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狂信者達は、「正義」と踊る

今騒がれてる、中東の組織について思うところがあるので書きます。

ちょっとシリアスなので、いつもの冒頭のバカバカしい小話は割愛。

といっても、日本人殺害についてとかじゃないです。これが最も注目すべき箇所なのかもしれないけれど、私はこれについて言及したくないし、どちらの立場も取りたくないので。沈黙への忠誠を誓います。


今回は、あの組織が古代メソポタミア文明の遺跡を壊しているという報道を見た所から、「ああ、やっぱりか...」っていうやりきれなさを吐き出す事にする。勿論、人を殺す事がなによりしてはいけない事です。それは言うまでもない事だとして、宗教絡みの話になるので、あくまで私個人の考えということを頭に置いておいて下さる方だけ、この先を読んで頂けたらと思います。




















そもそも中東が何であんなに混乱を極めているかについては、第一次世界大戦に端を発していて、パレスチナ問題同様に、解決は非常に難しいと思わざるを得ないんだけど(元凶のイギリスは知らんぷりだしね)。それについて長々と書くと鬱陶しくなるので調べて貰えれば←投げやり

こんな変なやつらがうようよ沸いてくるなら、フセイン政権を置いといた方がまだマシだったんじゃないかとすら思います(少なくともフセインは、遺跡を破壊したりはしなかった。)。


彼らの治める(?)シリア、イラクはご存知ティグリス、ユーフラテス河畔に栄えた古代メソポタミア文明の地。


アッシリア、バビロニア、シュメールなんかの高度な都市国家があった国なので、当然遺跡や美術的価値のあるものも多く遺されているんだけど、今それがイスラム国によって破壊されているのだそう。


特にアッシリアのニネヴェ遺跡の、略奪や破壊は胸が痛い。真偽は分からないので、どうか誤報であって欲しいけど。


イスラム原理主義者の偶像破壊は、そもそも預言者ムハンマドがやっちゃってる事なので、神の言葉に従っているという点ではもう止めようが無いのかもしれないけれど、異教徒の私から言わせて貰えれば、「え?それアッラーじゃないですけど?タダの"モノ"ですよ?美術品。食器や家具と同じでしょ?」と思ってしまう。


これに関しては、議論しようもないけれど。ムスリムは、コーランに従うのみ(因みに、コーランはムハンマドが神のお告げを受けて喋った言葉を記したものなので、翻訳も禁止されているのだそう)。「公理」が違うので。


でも、私個人はどうか歴史的価値のあるものだけはそのままにしておいてはくれまいか。と懇願したい。


そもそもコーランに従った偶像破壊は、当然今に始まった事ではなく。

エジプトのシンボルみたいなスフィンクスの鼻も破壊されている。これは、ナポレオンが濡れ衣を着せられているそうだけど、エジプト遠征に多くの学者を伴って、ロゼッタストーンを持ち帰ろうとした彼なので、その線は薄いんじゃないかな。結果、イギリスにぶんどられて大英博物館に納められているこれを、私見に行きました)。13世紀にエジプト遠征を行った、イスラム原理主義者がその使命感から行ったと考える方が自然。


新しくは、2001年のタリバンによるバーミヤンの仏像破壊。大仏の顔が半分吹き飛んでます。これは、5~6世紀に造られたもので、あの玄奘三蔵が天竺へ向かう道中にこの地を訪れてこれを見たのだそう。私がエセ仏教徒だからという事を差し引いても、何だかやるせない。2012年にタリバンの元長官が「仏像破壊は、過ちだった」と言ったそうだけど、「何でこんな事したの!?返して...彼を返してよ!!」と肩を揺さぶって罵りたいです。

古の遺跡や美術品は、その当時の人たちが確かにそこに存在して、これを造って、気の遠くなる時を経て今私たちが見ているという事に価値があるのだと思う。「何千年も昔の人と、同じものを見ている」と考えると、どうしようもなくテンションが上がるのです。


宗教を信じる事自体はなんら否定しないし、偶像崇拝を禁じている宗派の方達の中には「良くやった!」と思う人もいるかもしれない。それは決して間違いではないから、私の気持ちの範囲でしか論じる事はできないけれど。


でも、破壊したらもう2度と元には戻らないものだから、出来るなら大切にして欲しいものです。



宗教といえば、私は一応真言宗に属しているんだけど、宗教は一つの考え方だと思うので、熱心に信仰してはいません(仏教の考え方も面白いと思う程度)。


いいなって思う考え方を、どんどん取り入れて行きたいという、罰当たりなやつなんだけど、私の大好きな「寛容の哲学」を実践している、メヴレヴィー教団というのがトルコにあって、奇しくもイスラム神秘主義なんだけど、そのメヴラーナの詩の一節を。



「来なさい、来なさい、誰であっても。

例えあなたが、無神論者でも、拝火教徒でも、偶像崇拝者であっても。

ここは、絶望の扉ではないのだから。

例え誓いを1000回破った者であっても。

さぁ皆、来なさい。」


無神論者でも、異教徒でもいいって凄いと思います。

メヴレヴィー教団には、回転瞑想法(セマー)と呼ばれるものがあって、白いワンピースを着てひたすらくるくる回って、神との一体化をはかるのだそう(凄く綺麗なので、一度は見てみたいです)。その際、左足を軸にして回るんだけど、目が回ったら休んでもいいという。


「君が何者であるかなんて、どうでもいいから、ちょっとこっちへきてくるくる回ってみてもいいんじゃない?」


みたいな事だろうか。

宗教に限らず、人と人との諍いの原因は、「違うわよ、あなた間違ってるわ。私の言葉を良く聞いて理解しなさい」という、価値観の押し付けが原因の一つではないだろうかと常々思います。


文学に例えるなら、夏目漱石と森鴎外は、どちらが正しくてどちらが間違っているか。という愚問に等しく、精々自分が何が好きかという事だけでは無いだろうか。



よくドンパチやってる、イスラム教とキリスト教なんて、元をたどれば同じ神様なんだから(ムスリムは、イエスが神扱いされているのが気に入らないようだけど。「あ?お前なに調子ノってんの?」って事らしい)、仲良くしてもいいじゃん。単純に考えようぜ。と、バカな私は思いますね。


なんにせよ、今回の過激派達のとばっちりを受けているのは、誰あろう世界中にいるムスリムの人たちかもしれない(同一視され白い眼で見られるかもしれないという点においては)。


以前とある番組で、中東の道端にいるイスラム教徒のおじさんが「宗教家が政治をやっちゃいけないよ...」と力なく仰っていたのが、今でも心に深く残っている。


兎にも角にも、遺跡壊さないで、お願い。






追記
大英博物館のロゼッタストーンは、何やらエジプトが返還を求めているのだそう。

先日カイロ博物館のベテラン修復師が、ツタンカーメンの黄金のマスクの顎髭?あの長い部分を折っちゃって、バレるのが嫌だから、市販の接着剤でずさんにくっつけて取れなくなったという話しをきいて呆れてしまった(顎の部分から接着剤がはみ出しているらしい...!)。何せ、価値で言うとアメリカの国家予算を超えるシロモノ。急遽ドイツから、強力な剥がし剤を空輸しているのだそうなので、うまく剥がれて、きちんと修復される事を祈るのみです。

大英博物館は、世界一の盗品展示場だ!なんて言う人もいるけど、あれだけ徹底した管理がなされているからこそ、今尚展示物が当時の姿を残していられるのだと言えなくもないかな。

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